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茨木童子  ミステリーツーリングT 大阪府茨木市ー京都市
大阪府北東部の茨木市は 一般にノーベル文学賞の 川端康成の出身地として知られていますが、民話の世界の”茨木童子”のふるさとでもあります。
始まりは この像 ここは大阪府茨木市 茨木市役所前のモニュメントです。この様なモニュメントは 市内のあちこちでみられます。この小鬼の名前は プレートに茨木童子と書かれています。
これは この土地の民話の主人公です。私は 恥かしながら不勉強で この名をよく知りませんでした。調べてみると 面白くてついはまり込んでしまい いつしかミステリーツーリングの始まりとなりました。(茨木市片桐町 市役所前 元茨木川に架かる「高橋」という橋上にて)現在このあたりの茨木川は 川ではなく河川跡が 緑地帯となって市民の散策路になっています。
茨木童子は 謡曲や歌舞伎 能 御伽草子に出てくる鬼で 怖い反面 愛すべきところを持ったキャラクターです。生まれは 諸説あって 大阪府茨木市 兵庫県尼崎市 新潟県栃尾市などです。ここ茨木には 生まれ育った所と 神仙修行した所が伝わっています。伝承の一つは茨木の水尾という所で生まれ 怪異な為すぐに捨てられ 近くの茨木村で育ちやがて 自分が人間ではないと悟り やがて竜王山というところで 神仙の修行を積んで 丹波地方の大江山へ出て行ったと 伝えられています。
伝 茨木童子 貌見(すがたみ)の橋跡の祠。捨て子の童子は床屋に拾われ 養い親の元で働くが 客の顔をわざと 傷つけ
指についた血をなめた為 親方に叱られた後 橋の上から 水に映る自分の姿が 怪異な事を知り 人間であることをやめてしまった 悲しい伝承の残る場所です。この橋は 茨木川に架かっていた橋ですが 現在この川も橋もありませんが この祠だけが残っています。その後童子は この水系の上流の竜王山で 妖術の修行をしました。(茨木市新庄町の 府立茨木高校東門前にて)名門茨木高校は 川端康成と大宅荘一の出身校です。 
やがて 童子は鬼としての人生を送り 丹波の大江山で酒天童子の仲間に入り(伝承では弟分 または家来)あの有名な 羅城門の鬼 または戻り橋の鬼 そして大江山の鬼となって いよいよ妖怪になっていくのです。
ここでの 注目すべきことは 茨木童子は 生まれてから少なくとも 茨木を出るまでは 人間だったということです。生まれた時から 歯がはえ髪も長く 怪異な姿に童子の母は ショック死したと伝えられていますが 源義経の家来弁慶も 同じような形で生まれています。片方は妖怪で 片方はヒーローになるとは 運命の皮肉というべきでしょう。彼の悲しみは 普通の人間には分かりようがありません。
故郷を離れた茨木童子は 大江山の鬼のメンバーとなり やがて京の都を荒らしまわる 悪い鬼となっていきます。
京都市南区の 羅城門跡。能楽では茨木童子は ここで渡辺綱(源頼光の四天王のひとりで、いわゆる当時の豪傑)と戦い 片腕を切り取られ、その後 七日後に人間に化けて 腕を取り戻すことになります。茨木で人間だった童子が ここ京の都では とうとう 完全な化け物として伝承されています。彼は 雲を呼び 空を舞い 女に化け 切られた腕を もういちどくっつける。まさに怪物に成長しています。
もうひとつの伝承地 一条戻り橋。歌舞伎ではここで 渡辺綱と戦って 腕を切られたとあります。ここは 安部晴明も 橋下に使い鬼を隠していたという いわくつきの場所です。もちろん私も 覗いてみましたが ちょろちょろと汚水が流れるばかりで 恐ろしさはありません。時間を変えて 黄昏時の夕方になって 覗いてみたら あるいはトラのパンツくらいは 見られるかもしれませんね(京都市上京区 堀川通りの一条戻り橋にて 北に約100メートル行くと晴明神社があります)
童子は 源頼光達の大江山征伐でも 一人生き残り その後生みの父親の 病気見舞いに茨木に一時帰っています。彼のこの行動は 鬼ではなく 人間の心を持っていたという証拠を示すものでしょう。朝廷に逆らうもの それはもう人間ではなく むりやり妖怪にされてしまった 悲しい反逆者の姿として私には映りました。
ツーリングの締めに もうひとりの鬼 酒天童子の伝承の残る所に行って来ました。京都市西京区のはしっこ 老の坂峠近くの 首塚大明神。ここはとても判りにくい場所です。酒天童子は 源頼光達により 殺され首をはねられ ここに埋められ そして神として祭られました。鬼が 神様に変身するとは ヘンですね。ここはなぜか とても気持ちの悪い場所でした。人の気配はあるのですが なぜか誰もいないのです。(京都市西京区 R9号老の坂トンネル西行トンネル手前に左手方向に 細い道があります。直進すると三叉路に出るので 左折して みちなりに進むと突き当たりに ”首塚大明神”があります)
大江山というのは 丹波の国の今の大江町の 千丈ケ嶽のことだというのが 一般的ですが、一説にはこの老の坂峠が 大江山だとする説もあります。そういえば ここから京の町は近く しかも今でも 人のあまり入れないところで 天然の要害にはぴったりの場所です。ここから 山を越えて愛宕山の麓に 水尾という地名の里がありますが
茨木童子の生まれたところと 同じ名前です。偶然でしょうか?
ここで 現代のミステリー?を お話しましょう。
ある人が何年か前 老の坂峠にさしかかったところ 車が故障しました。その人は 同乗の家族と一緒に 付近の民家を探し 一軒の農家にたどりつき(一軒家) その家の老夫婦に助けを求めました。親切な老夫婦は 修理屋に電話をしてくれて おかげで自動車は動いて 無事家に帰りつくことが出来ました。
翌日 その人は お礼に伺う為 その農家へ向かいましたが いくら探してもあの老夫婦の 家がみつかりません。というのは 9号線の老の坂峠の一番上は トンネルになっていて 人家はありません。キツネにつままれたような おかしな気分だったとこの人から伺いました。いったいどこに入り込んだのでしょうか? 
今回のコース自宅大阪府高槻市>R171西行き>大阪府茨木市>R171東行き>京都市南区羅城門跡>京都市上京区一条戻り橋・晴明神社>R9号西行き>西京区老の坂トンネル手前をはいったところの 首塚大明神>R9号西行亀岡>府道亀岡高槻線南行き>高槻・自宅 所要時間4時間半くらい 飯も食わずに走りました。(うそ・・吉野家に行きました)
大江山=老の坂峠説が本当なら 酒天童子をめぐる ミステリーツーリングは これでお終いですが やはり 本家丹波の大江山(千丈ヶ嶽)に行かないと すっきりしません。で大江山編に続くのですが これがまた大変な ツーリングになりました。
でも 今年一番 面白いツーリングになってしまいました。続きは後日また。
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