北海道ツーリング4日目帰還
一夜明けて あたりを見回すと まだ暗いながらもそろそろ薄明るく 時計を見ると 朝の4時頃でした。
昨夜の寝床は こんな感じです。ナトリウムランプの下で見る夢は どんなだろうと楽しみでしたが 疲れていたせいか 何も覚えていません。・・・ま、いいか。
夜中自動車が 何台か出入りして 側を通りましたが、電話ボックスと ナトリウムランプに照らされたバイクを見て 避けてくれたのを ぼんやりと覚えています。
カブのシートやハンドル そして寝袋などは 夜露に濡れて ベタベタでした。朝からそれらをできるだけ拭いて 早々に支度して 上越方面へ向かいます。
さあ 今日はどのコースを通るかな マップルを見ながら考えていると 昨日の「カブとカブラの部屋」掲示板 書き込みを思い出しました。みんな 台風が来てるので 気をつけておかえりください。というメッセージでした。心配して頂いてありがたいです。みなさん やさしいナ。
こんな書き込みがありました「海沿いを避けて 大きな町を通っておかえりください。」
その通り従うことにします。R18号を通って 長野へ抜けよう。台風が近づいている為に 風が強く 吹き飛ばされそうになりながらも 懸命に進みました。しかし おかげで空気は澄み切って この時期多い 山にかかったモヤを吹き飛ばし、きれいな山が見えました。
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ここは妙高高原駅の辺りです。台風のおかげで モヤの多い空気を吹き飛ばして 雪のかかった山肌を見ることが出来ました。この山は はるか上越からずっと見えていて だんだん近づくに連れて はっきりと全容が見えてきました。寄り道して 側までいってみたいなー。でも台風が もうそこまで来てるし・・・・・・しょうがないので また来年にします。
お楽しみは 来年にとっておきましょう。
空気が澄んで気持ちがいい。台風にちょっぴり感謝!です。
途中、小林一茶の住居 というカンバンを見つけました。行ってみたかったけど、時間が早すぎて 開いていないでしょう。あきらめて 善光寺に向かいました。やがて 小布施の町に入りました。ここは 葛飾北斎のゆかりの土地。でもさっきの一茶の住居と同じ理由で 寄るのはやめにしました。どっちも 今度来ることにしましょう。
やがて 善光寺に着きました。今は めったに見られない御開帳のときです。せっかくだから 寄ってみましょう。
ありがたいご本尊をお参りして 門前町をぶらぶら すっかり観光客です。ただ 周囲はみんな夏服なのに 私だけ冬のツーリングウェアで 他の人から浮いているのが 痛いほど分かりました。仕方がないので 早々に引き上げることにしました。
善光寺からR19号で 長野 松本 諏訪からR153号で 伊那へ
前々から 食べたかった「ローメン」を探して伊那谷へ入り込んで JR伊那の駅前へ
しかし 何も資料がなく 適当にローメンの張り紙のある 店舗へ入りました。
しかし ここはあまりにも怪しく 普段なら 絶対入らないような 雰囲気の店でした。
だって 店の入口に 蛍光色の文字で「伊那名物ローメン」ってでかでかと書いてあるんだもの。地元の人は 絶対入らないでしょうね。
これが ここのローメンです。
炒め物というより 焼きそばのソースまぶしという感じです。。
これは豚肉が入っていますが 本物は羊肉が入っています。
店主いわく 「俺は マトン嫌いだから豚肉にした」って言ってました。
おっさん 肉替えたら伊那名物と違うやん って思いました。店主も名古屋の人で、なんかちがうなーと思って食べました。ふと 覚えのある匂いがして しばらく考えていると やっと思い出しました。
それは ○清食品のUFOの匂いと味にそっくり。有難みがないですねー。でも もう一軒 口直しするだけの食欲もなく、店を出ました。
遠回りして ここまで来たのは 何だったんだろう?しょうがない 又今度来よう。でも 2度も来るだけの 価値はあるのだろうか?
好奇心ばかりが 先走りしてしまいますが 失敗を繰り返して当たりを見つけていくのが 私のやりかたなんです。>分かりましたか?いつか質問したみなさん!失敗は成功の元っていうでしょう?
ここから 木曾谷にスイッチします。権兵衛峠を通って R19号へアクセスしようと 入り込みましたが、これがカブには えらい難所でした。道も細く昔の人は 大変だったんだなーと感じながら やがて木曾谷が見えてきました。
新緑の中 勇躍木曾谷を下って 岐阜県をめざします。
台風が近いのか 風はびゅうびゅうとなり始め カブは横風に何回も流されて走ります。天気は本当に快晴で どこに台風が来ているの?というくらいの青空ですが、そろそろ雨対策をする為 木曽福島のホームセンターでボテ箱を購入しました。これで 冬用のジャケットも しまいこんで濡らさずにすみそうです。
R19号をどんどんと下っていきますが どこで曲がれば うちに帰れるのか サッパリ分かりません。というのも ここからは地図を持ってこなかったのです。それで 前に走ったR21号に入れば 帰れることだけは知っていたので とりあえず多治見まで行くことにして 名古屋に向けて R19号をひた走ります。瑞浪まで来たところ 前輪の挙動がおかしく
路肩によって調べてみると タイヤの空気があらかた抜けて ふわふわの状態でした。そこでカブを だましだまし走らせながら 一キロ程先のガソリンスタンドまで ゆっくりと移動させました。この時は いつパンクするかとヒヤヒヤして 生きた心地はしませんでした。・・・でスタンドで調べてみると パンクではなく空気を入れるバルブの「ムシ」のゴムが破れて 空気が抜けていました。
この人が ツーリングで助けてくださった。瑞浪のコスモ石油のおにーさんです。
地獄に仏とは このことです。
考えたら私は ツーリングのときは強運で、なぜか 危機を乗り越えられることが多くあって これも何かに守られているのかなと 勝手な想像しています。(勘違いかな)
スタンドのおにいさん ほんとにありがとう。
タイヤのムシは 何とかバイク用を置いていて
とても助かりました。ここでテールランプを点検すると やっぱり切れていました。予備を持っていたので すぐに交換しました。今回 テールランプ切れは2回目で 予備球は 前回舞鶴のガソリンスタンドで購入しておきました。
ここで R21号への道を教わりガソリンも給油して出発しました。
R21号は 快速国道で しかも日本ラインの横を通るので 気持ちいいですが そろそろ午後4時頃になり まだまだうちに帰り着くには 圧倒的に遠いので 今日中に帰れるかな、と 心配しました。
岐阜を過ぎ 大垣を過ぎやっと近畿に入ったところで ガス欠になった為 ガソリン補給に入りました。今度のツーリング中は 毎日5回は ガソリン補給をしていました。100Km走るたびに ガソリンを入れていたので 結構忙しかったです。滋賀県内にはいると 完全に陽も落ちて いよいよナイトランの始まりです。
米原に入ってR8号に乗って 大阪方面を目指しました。
彦根 近江八幡 野洲 栗東 やっとR1号に入って大津のカンバンが見えたら とうとう雨が降り出しました。どしゃぶりの予感がしたので 屋根のあるところを探したら ボーリング場の駐車場を見つけました。ちゃっかりと 場所をお借りして合羽を着込んで 準備しました。雨降りで 昼間、木曽福島で買ったボテ箱が役に立ちました。
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雨の中のバイクでの移動・・・・とうとう降り出しやがったか。
そして 大津 京都 高槻そして 自宅、帰りは午後9時になりました。
最終日 走行距離568km 又記録が伸びた。
ただいまー お疲れさんでした。
しかし 我ながらよう走るわ。何が楽しいんでしょうか。ははは
今回のツーリングは 自宅から舞鶴までの走行距離と 北海道編 本州編を足すと
軽く2000kmになりました。
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