嵐の前ぶれ


やっと北海道の地面についた。ここで第一番に やらなければならないことがある。
今回の 旅の目的の一つ webでお世話になっている方に会うこと。実はツーリング前に連絡を取り合って 「BM救助隊 隊長さん」(東京の人) もう一人札幌の「子持ち風味さん」 共に 私がいつもお世話になっている 「大阪おっさんバイク協同組合」というサイトの掲示板で 知り合いになった方々だった。

お二方とは 札幌のモエレ沼公園という所で お会いしませんか?とオファーがあった。しかし 悲しいかな 私は旅行中 携帯でしか連絡手段を持っていない。しかも これが一番電波の弱い T社の携帯で 案のじょう 船に乗っている間じゅう 掲示板にもメールアドレスにも 全くアクセスできず 私は行方不明状態だった。

小樽上陸後、すぐに掲示板を見ると 事態はたいへんなことになっていた。
落ち合うはずの隊長さんが 青森でバイク故障のため 足止めを食っておられるという知らせ。しかも 台風がそこまで迫っている。こちらも 動きが取れなくなってしまった。


とりあえず 札幌に向かうことにする。グズグズしていると 台風に追いつかれてしまう。
子持ち風味さんに 連絡を取らねばならない。しかし なにぶんにも早朝のこと 直で電話して連絡するわけにはいかないし だいいち初対面の方に イキナリ電話も失礼だろうと思いながらも 札幌駅まで来てしまった。(午前6時)

しかし 札幌駅は変わってしまって バイクが入れるところが無い。仕方なく ライダーお約束の 時計台まで来てしまった。
ここで 雨足が強くなったので 近くのビルで 雨宿りすることにした。
雨は止みそうに無い 携帯で天気予報を聞くと やはり台風が後をつけるように どんどんと迫ってくるらしく、やがては北海道上陸は確実らしい。恐るべし スーパー雨男!

我ながら恐ろしくなる。 今年の5月に北海道に来たときも 何十年ぶりかの春の台風本州上陸に遭遇した。笑い事ではない、嵐の恐ろしさは 私が一番良く知っている。
数年前、自走で北海道から セローで大阪まで帰ったときも 福島で直撃を受けている。そのほか 数々の台風の危機にさらされた経験がある。

もうたくさん 今回は荷物も多く バイクもきゃしゃなカブなので 余程用心しなければ 帰れなくなるのは目に見えている。
 
嵐からの逃走  北へ

すぐに 決断しなければならないと思った。隊長さんはすごい人だから 多分 あきらめることは無いだろうが すぐには ここまで来られないだろう。多分2日 悪ければ3日かかるだろう。それまで この町で待つわけにはいかない。嵐を待つには バイクが邪魔なのだ。
とりあえず情報を集めると 台風は道南をかすめて 太平洋に抜けるという予想が出ていた。嵐から逃げるには できるだけ北へ向かうしかないと思った。

隊長さんにも子持ち風味さんにも 悪いとは思いながらも とりあえず北へ向かう為 雨の札幌を後にする。今年の北海道ツーリングは 後ろ髪を引かれる嫌なスタートになった。
すいません お二人さん。
子持ち風味さんには 北へ向かうことをメールで知らせる。

 ジビジビとした雨と低く嫌な雲の下、北へ向かう逃走ははじまった。
暗く荒れた 崖の下の灰色の海。石狩から浜益にかけての海は 私の好きな 荒れた海を見せて 今年も迎えてくれたが、今は気が重い。

最初の給油は 浜益のガソリンスタンド R451との交点にあるスタンドだ。
数年前にも 来たことがある。SRに乗ったすらりとした男っぽい格好をした 美人ライダーとお話した想い出のスタンドだった。この時彼女は 気さくに「富良野のキャンプ場にごいっしょしませんか?」と誘ってくれた。未だに何の気まぐれか判らないが この時は丁寧にお断りした。この時は 無性に稚内に行きたかった。

今は 台風から逃れる為、北へ向かっている。
浜益から少し行くと 雨はやんで 曇り空ながら北の空は 明るさを増して希望を見せてくれた。
風力発電
羽幌あたりにまで来ると 風力発電の大きな風車が 幾つも、幾つも 丘の上でまわっていた。ご苦労さん!クリーンエネルギーの為には 一番いい方法かもしれない。何も消費しないし 何も汚さない。私のカブより まだ優秀。北海道電力も味なことをやるもんだ。

しばらく 頑張って走ると やがてサロベツ原野の入口に出た。北へ向かうコースの最初のハイライトだ。下サロベツ原野園地に寄り道する。
ここで 一度見たら忘れない あのバイクが駐車してあるのを発見する。

そう あのフェリーで一緒だった 大阪のスピードトリプルさんだ。彼は 札幌に寄らずにまっすぐ 稚内に行ったはずだが まだこんなところにいた。
数時間ぶりの再会に 二人とも苦笑したが 私が追いついた理由を聞けば 途中でトリプル君が パンクしたらしい。チューブレスなので ガソリンスタンドで修理できたが サロベツあたりは スタンドが極端に少なく苦労したらしい。

そんなことだろうとは思ったが カブに追いつかれたのは 少しバツが悪そうだった。彼とは 稚内で再会することを約束して 私は海沿い 彼はR40号を北上して 稚内を目指すこととなった。

利尻岳
ぼうぼうとした 低い草原が続く稚内に向かう海沿いの道は 台風が近づいていることもあって 風が強く  やがて左側に徐々に大きく見えてくる 海上の富士山 利尻岳の絶景ポイントを探して 何度も駐停車を繰り返すが 進むたびに大きくなる山の偉容に 驚くばかりだった。海抜ゼロメートルから なだらかな稜線を立ち上げて 扇を広げるように 海上に浮かぶ姿は 頂点のあたりを雲に隠して趣があった。綿のような雲が 短時間に 形を変えて 流れては消える様は 見ていて飽きないものだった。

天気は 一時回復傾向で 少なくとも数時間は晴れ間が見えそうだった。
朝から 鉛を飲み込んだような気分で 気が重かったが、この山を眺めていると
やっと気が晴れて 今日初めてツーリングに来て良かったと思った。

やがて 天気の回復と共に 行きかうライダー達も このカブライダーにさえ 陽気にピースサインを向こうからくれた。

さあ行こう! 風の強い町 稚内へ。

風の町 稚内
ここには JR鉄路の果て、そしてかつてあった ロシアへの玄関口だった残骸があった。
我々ライダー達は この残骸を利用して キャンプ場としている。

「防波堤ドーム」
稚内は 風の強い街。サロベツのあの強い風も 子供だましかと疑うくらいの風が 夜も昼も 年がら年中強風が吹いている。
かつて栄えた国際港は ロシアへの玄関口として ぽっかりと海に向かうはずだったが あまりに強い風に 港を丸ごと高い高い背丈の ドーム型の防波堤ですっぽりと隠して 船と港と街を守っている。

これが実に 造形的に美しく ギリシャ神殿の廊下のごとく またイスラム寺院のモスクに向かう回廊のごとく(共に実物を見たわけではなく あくまでも写真でだが) 遠目には美しい回廊が 延々続いている。

我々ライダーや 移動キャンパーたちは その回廊に一夜の宿を借りる為 身の程を知った それぞれ思い思いの 実に小さなテントを持ち寄って、夕闇前から巣作りする。
足元は硬い石床だがうすっぺらな敷物をして めいめい地面の硬さをしのぐこととなる。

4時頃到着した私は ハチの仲間入りをしようと 柱のすきまから もぐりこめそうな空き地を覗き込んだ。スピードトリプル氏は 実に律儀に 私の分の空きスペースを確保してくれていて 並んで一等席に二人分のバイクと テントが並ぶこととなった。
仮宿を設営してみると カブとリッターバイクが 仲良く並んで いささかほほえましかった。こんな絵柄も 北海道ならではだろう。ここは実に良い。今回で3回目になる。雨には濡れないし 涼しいしバイクを横に置けるし。

しかし 直後知人からメールが入った。
ここは 数年前から野営禁止になったらしい。
とは言うものの 実際何十人もの人間が こうしてテントを設営して 野営している 中には連泊している者もみられた。

何 文句をいわれたら 移動すればいいさ。多分この状況では 大丈夫だろう。
実際は もう移動するのが嫌だった。

支度を終えて スピードトリプルさんと 稚内市営温泉童夢へ向かう。キャンプ地からは バイクで10分くらいの ノシャップ岬の反対側に位置する場所だった。中は広く 薬湯が盛大に使ってあって 何か効きそうだったが、なんに効くかは聞き忘れた。
たまに訪れる旅行者には 無用の情報だ。毎日来なければ 意味の無いことだからだ。

風呂に入って 帰りも10分走ったら すっかり湯冷めしてしまった。何しに来たのやら。
薬湯のきつい匂いだけが シャツに残った。数年前に来た時は 街の銭湯を利用したように記憶している。最果ての銭湯は なかなか良かった。来年からは 銭湯にしよう。

夜は 風の強い街のドームの下で スピードトリプルさんと XJ1200さんとで ささやかな宴会となった。3人とも ビールと少しのワインと 少しのウォッカで遅くまで話し込んだ。
話してみると 2人とも北海道リピーターで しかもかなりへヴィーな北海道ライダーだった。私はたいしたことは無いが 渡道回数だけは多い。

夜更けに ロシア人らしき人影がうろうろしているのが見えたが、雨が再び降りだしたので ほうほうの体で逃げ出していった。

寝る前に 隊長さんの様子を見ようと 掲示板を覗いたが まだまだ見通しが立たず
動けないらしい。しかし 組合長さんのサポートがあって 隊長さんも勇気百倍の様子。

何も出来ずにすまない。こちらは 北海道にいるのに何も出来ないのは 心苦しいが どうにもならない。

夜半 雨が強くふって 嵐の前触れがとうとうやってきたようだ。
雨は ドームがしっかりと防いでくれている。ここで野営していてよかった。
たとえ ここから出ろといわれても もう動きたくない、と思いながら深い眠りについた。

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